序章・新月の夜

それは古い物語
大地創造のお伽噺
人とエルフと精霊と
月と運命と大地の神のお伽噺

長きに渡る停滞した世界を救う為
二つの意思は声をあげる
共生感による繁栄か破壊からの再生か
対立する二つの意思は
世界を混沌の闇の深淵へと陥れた

光の先に影を落として
道を示したのはもう一つの意思

「望みを叶えてもらいたいなら
望みを叶えてあげなきゃいけない」

望みに答えた大いなる意思は全てを包み込み
生まれ変わったこの世界は今も静かに時を築く

それは幼い頃に聞いたお伽噺。誰もが知っているお伽噺。
あの頃はその意味など知らなかった。大人になってもその意味はよくわからなかったけど。

あなたには何が必要?
代わりに何をくれる?

もし誰かにそう問いかけられたら、自分なら何と答えるのだろうか。

* * *

 それはまるで闇夜の大地に突然現れた眩い太陽の光のようだった。

 視界を埋め尽くした閃光に青年は思わず瞼を閉じて押し寄せた衝撃に膝をつくと、ふいにその衝撃と閃光は闇に吸い込まれ何事もなかったかのように静寂が森を支配する。
 溜めていた息を吐き出すようにして、ゆっくりと閉じていた瞼を開いた彼の金色の瞳に映るのは、鋭く切り取ったように薙ぎ倒された周囲の樹々と、漆黒の天空を飾る紫の月から降り注ぐ月明かりを浴びながら、放心した様子で空を見上げている少女の姿。その光景に青年は言葉を失った。

 まるで全ての時が止まっているかのような時間がどれだけ流れたのか、ふいに少女は糸の切れた人形のように崩れ倒れ込む。 呆然と立ち尽くしていた青年は慌てて少女の傍まで駆け寄ると、その小さな身体を抱え起こして少女の顔を見下ろした。
 少女の顔は血の気が失せ閉じた瞼を微かに震わせる。そしてその身体から流れ落ちる鮮血は、雲間から差し込んだ月明かりに色濃く染まり大地を濡らしていった。
 青年は苦悶の色を浮かべる少女の頬にかかる銀髪を撫でるようにして払いながら、 自分の指先が微かに震えているのに気がつくと、眉をひそめてきつくその掌を握りしめた。
「どうして、こんな……」

 拳を握りしめながら絞り出すように呟いたその葉は闇に溶け、その日を境に一人の青年と一人の少女が世界から消えた。


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